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2015年6月6日に永眠された荒木 徹さんを偲ぶページです。 (掲載日2015年6月7日)

荒木 徹さんは、日本ゴム銃射撃協会発足間もない2001年2月22日に入会され、同時に鹿児島県支部長に就任されました。
その後、理事にもご就任頂き、協会の規約、公式競技の見直しなどに多大にご尽力頂きました。
射撃大会、ゴム銃制作教室、テレビ出演、イベントの企画など協会の振興、ゴム銃の普及に精力的に勤められました。
勧誘活動も活発で、ご自身の主宰するボーイ射撃倶楽部を通じて436名の勧誘実績をあげられました。
ゴム銃の制作も卓越したアイデアと驚異的な作業の早さで、次々に作品を発表されました。これらは当時はもとより
未来永劫のゴム銃の発展に寄与しています。殊に氏の開発した三角回転翼式連発機構は多くの後進に採用されています。
荒木さんは、ゴム銃以外にも紙トンボ、ちょんがけ独楽、甲冑作りなど多趣味で、大勢のお仲間がおられました。
また、写真にも造詣が深く、これらの趣味や身近かな自然などをテーマに観る者に感動を与える多くの作品を遺されました。
お仕事であるカイロプラクティクの施療でも協会の会員やその家族、知人などの健康回復にご腐心頂き、平成14年からは
日本ゴム銃射撃協会の指定治療院の認定も受けておられました。

地域、年齢、性別を問わず多くの皆様に愛され、喜び、楽しみ、健康を与えてくださった荒木さんが、67歳という年齢で
他界されたことは非常に残念です。ここにささやかながら在りし日のご活躍の一部を偲ぶページを捧げます。

2015年6月7日 日本ゴム銃射撃協会 理事長 中村光児。


















ゴム銃のページのトピックスの荒木さん関連のタイトルです。クリックするとトピックに飛べます。
ジャパンパック2001
第1回全国射撃大会
第1回ゴム銃サミットin鹿児島

以下は、ゴム銃のページのガンロッカーにリンクされた荒木さんの作品保管庫です。


氏の作品は構造の工夫とデザイン性に優れゴム銃の歴史に残るものが少なくありません。ハンドルネームのボーイとは
少年の心を持ち続けるという遊び心からです。自他ともに永遠の少年であると認める感性と同時に大人の鷹揚、寛大、経験、
そして優しさを併せ持っておられた希有な方でした。
ご厚誼に感謝致しますと共にご冥福をお祈り申し上げます。